ツイッターから見た旬な情報、活用していますか?

ツイッターを見ていると、ネットを通じてでも世間の状況をよく見ているのが見て取れる。その中にはあらゆる情報がその時々で話題をもたらしますが、そうした情報で最も話題を呼ぶものとは何なのか。このサイトではそんなツイッターを騒がせる話題とはどのようなものなのかを、リアルタイムに即して紹介・考察していきます。

舛添都知事の進退を巡って

ハッシュタグから見ても

ツイッターのトレンドとしてハッシュタグにされるくらい、舛添氏に対しての関心は誰もが高く買っていた。当たり前だが、彼を擁護する声は等しく皆無で、往生際の悪さに早く辞任しろとまで糾弾する声も少なくない。実際、都議会からも自身の進退について考えるべきだと身内からも言われるが、それでも舛添氏は辞任する意思はないと述べたのです。

何がそこまでして彼に都知事という立場を守らせようとしたのか、その点を見ると推測されている点がいくつかある。

それは当人も述べている、せめて9月までいさせてほしいというものだ。これはリオオリンピックに向けてのことで、その終了までは都知事でいたいという思惑があるという意図が垣間見える。もう一つは『せめて夏の退職金ボーナスが出るまで』というもの。ここまで来てまだお金かと思うが、政治家というのは多額の資金と直面する仕事なので執着する人はそこまで粘ろうとするのも分からない話ではない。

いずれも汚い身の上話でしかありませんが、当人としては辞めない理由として『子供のため』とも話している。自身の問題が明らかになってからテレビに追い掛け回され、家族がまるで迫害されるような思いに苛まれている中で、償うためには都知事であるしかないとも述べていた。この話題を聞かされて同情的になる人がいたら、よほど耄碌しているのかと言いたくなる。

子供を盾にしているだけで、結局は自分の問題で子供にも飛び火しているのだから自業自得なのが目に見えて分かる。ここまでやっても辞意を見せなかったせいか、舛添氏は完全に引き際を誤ってしまった。

鳥って可愛いですよね

見限られる舛添氏

舛添氏は東大助教授から政治の世界へ足を踏み入れ、その後国会議員へと就任し、厚生労働相などを担当するなどした後、猪瀬元都知事の公認として都知事に就任した。彼の就任をバックアップしたのは自民党と公明党という、二大勢力だ。これだけの背景があればどんな不祥事も一時的にだが有耶無耶にして9月まで在職できる、そう見ていたのだろう。

ところが彼の紳士とはいえない対応の仕方、糾弾に対しての説明義務を果たさない態度は、彼を守れる立場にいる人間ですら見限らなければならないまで酷いものだった。その後参議院はもちろん、身内である都議会全てを敵に回して辞職をしろとまで言われる始末。このままでは情勢が悪化するだけだとして、自民も潔く退陣すべきだと進言したと言われている。まさかの後ろ盾からも引けと言われる舛添氏は、それにすら反発して辞職はしないと明言してしまったのだ。

これらはすぐさまネットメディアを中心に情報拡散され、さらに舛添氏を辞職すべきだとする機運を高めてしまいます。段々と逃げ道という逃げ道が断たれていく中で更に追い打ちをかけるように、舛添都知事の不信任決議案を提出する事態へと発展した。

強気だったのもつかの間

不信任決議案が提出される、その情報が飛び交っても舛添氏は揺らぎはしなかった。耐えていればいずれ事態は沈静化し、最低9月までは在職できるという魂胆だったのかどうか、この際それはどうでもいいとしてもだ。よくここまで頑なに、自分が退けばオリンピックも都制も減退し、選挙時期がオリンピックと最悪重なってしまうからという懸念まで見せて知事という立場に執着を見せる。元々説明をきちんとせず、芯を一本通さなかった時点で彼の都知事としてこれまでしてきたことの本音と真実が垣間見えた瞬間といえよう。

高まる舛添氏への反感と辞職への要求はやがて世論へと拡大し、東京都だけの問題ではなくなっていった。全国から舛添氏の印象がブラックとしか言いようが無い悪循環に陥り、もはや庇ったところで同しようもないとして、公明党からも不信任決議案の提出する旨を発表する。その動きはやがて自民へも広がり、舛添氏は孤立無援の裸の王様へ成り下がっていった。

自分の背後には日本最大の政治団体が付いている、だからまだ続けられると、自身を持っていたのだろうが、ここまで発展した世論の前では自民も公明も翻さなくてはならない。元は自分たちが擁立した都知事、膿の垢を落とすためにも切り捨てるためにはなるべく早急にすべきだという決断に至るまで早かった。

もう後がなくなり、本格的に身の退き方を考えなくてはならなくなった舛添氏は、やっと求められていた結論へと自身の足へ踏み出していったのです。

注目ニュース

辞職へ

これまでの公私混同問題に対して、都政を混乱の極みにまで追い込みつつあった第19代東京都知事、過去長い歴史から見て東京を治めていた最高責任者としては81代目になる舛添要一氏は、6月15日に辞職届を提出、2016年6月21日付けにて辞職が正式に決定したのだった。先代に続いて政治とカネで引責する都知事、最後の最後まで立場の固辞にこだわった人間の結果はやはりというものだったよう。子供を盾にした同情も虚しく、結局は身から出た錆のままに自身の立場を落とすところまで貶めて幕引きとなる。

ただ最悪都議会の解散というルートに至らなかったことを喜ぶべきだとする声も聞こえている辺り、どの道次代の都知事に求めるハードルが上がるのも無理はなさそうだ。ハッシュタグから見る話題としても、やはりこの舛添氏の政治とカネ問題は見過ごせないと判断する人は多かったようだ。