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アラン・ムーアとメタフィクション - The Red Diptych d.hatena.ne.jp/HowardHoax

 さて、というわけで、前回の続きである。 アラン・ムーアの『ネオノミコン』は、ムーアがアメリカン・コミックスの世界で培ってきたメタフィクションの技法を他ジャンルに適用することで成立した傑作だ、ということを前回のエントリで書いたのだった。 だが実は、『ネオノミコン』を読んだあとで、現在のアメリカン・コミックスの世界の、トップどころのライターたちの作品と比較し、考え込んでしまったことがあるのだ。 少し前のことになるが、ブライアン・マイケル・ベンディスの『ニューアヴェンジャーズ:セントリー』と、エド・ブルーベイ

d.hatena.ne.jp/HowardHoax/20120513

教育

アラン・ムーア『ネオノミコン』の恐ろしさ - The Red Diptych d.hatena.ne.jp/HowardHoax

 アラン・ムーアの新作『ネオノミコン』をようやく読んだ。だいぶ前に入手していたのに読まずにいたのには一応理由があって、ぱらぱらと中をめくって見たところ、あまりにも容赦のないエログロ全開だったため。また、このコミックが前提としているラヴクラフトについて、私がほんの数冊しか読んだことがなかったということもある。 そして、ようやく読んでみたわけだが……なんなんだこれは。やばい。これはやばい。こんなものがごく当たり前にアマゾンとかで手に入ってよいのだろうか。読んだ者が全員数日後に発狂するとか、恐ろしい災厄をもたら

d.hatena.ne.jp/HowardHoax/20120511

ゴダールはいかにアメコミと対峙したか - The Red Diptych d.hatena.ne.jp/HowardHoax

 ここ最近、オーディトリウム渋谷で、ジガ・ヴェルトフ集団時代の前後のゴダール作品をまとめて見ていた(ブルーレイ上映なのが残念ではあるのだが、ブルーレイ&DVDのボックスセットをまとめてポンと買う金銭的余裕もないので、日本初公開作品はここで見ておかないと……)。そこで気づいたこともあり、また思うこともあったので少し書いておきたい。 それはともかく、やっぱり『右側に気をつけろ』の予告編は最高だなあ。もともと私は『右側に気をつけろ』の本編も好きで、都内で上映されるときにはだいたい見に行っているので、ゴダール作品

d.hatena.ne.jp/HowardHoax/20120502

アラン・ムーアの『フロム・ヘル』とスピノザ的世界 - The Red Diptych d.hatena.ne.jp/HowardHoax

 一人のアメコミ読みとして、こんなことを書くのは本当に恥ずかしいのだが、アラン・ムーアの『フロム・ヘル』をようやく読んだ。このとんでもない大傑作を読まずして今までアラン・ムーアについて知ったような口を利いていたのかと思うと赤面するしかない。しかし、それでもなおこの作品について何かを語りたい欲求もやむことがない。単にコミックとしてのみならず、私がこれまで広く書物に接してきた経験全ての中でも、これほどの高揚感・興奮・刺激・目眩の坩堝にたたき込まれたことは数えるほどしかない。 私はまずこの作品を通読し、驚嘆し、

d.hatena.ne.jp/HowardHoax/20091118

『リトル・ブラザー』を読みつつ、日本の文化的環境について考える - The Red Diptych d.hatena.ne.jp/HowardHoax

 前回のエントリで少し触れたコリイ・ドクトリイの『リトル・ブラザー』は、色々と考えさせられるところの多い小説だった。 その中の一つに、アメリカと日本の文化背景の違い、というものがある。このエントリでは、そのことについて少し書いてみる。 『リトル・ブラザー』において、主人公である高校生のマーカスは、抑圧的な政府に反抗することを決意することになる。そしてその過程で、ふと手を伸ばすのが、ギンズバーグの『吠える』であり、ケルアックの『路上』であるのだ。マーカスはそれらを読んで素直に感動し、自分の意志を固める糧とす

d.hatena.ne.jp/HowardHoax/20111015

フランク・ミラー版『デアデヴィル』はチャンドラーを超えたか - The Red Diptych d.hatena.ne.jp/HowardHoax

 遂に、フランク・ミラーがデヴィッド・マツケリーと組んで完成させた大傑作、『デアデヴィル:ボーン・アゲイン』の邦訳が発売された。まずは、この快挙を喜びたい。必読である! ついでに言うと、同じくこのコンビによる『バットマン:イヤー・ワン』も現在、邦訳が手に入る。たぶん、そのような状態は長くは続かず、すぐに品切れになると思われるので、広くハードボイルドに興味がある人は即座に購入するべきだと思う。とにかくこの二作は、小説・映画などの全てをひっくるめて考えても、ハードボイルドなり犯罪ものなりのトップクラスに位置す

d.hatena.ne.jp/HowardHoax/20110304

なぜ私は本を読むのか? 映画を見るのか? - The Red Diptych d.hatena.ne.jp/HowardHoax

 先日、JLG好きさんという方からメールをいただいた。そのメールの中で、以下のようなことを聞かれた(ご本人の許可を得た上で転載)。ここからが本題、というより質問したいことなのですが、あなたのように体系的に鳥瞰した視野から対象を論じるような批評を書くためにはどんな本を読めばよいのでしょうか。僕は現在大学生で、授業で映画や文学作品を批評する課題を出されたりするのですが、どうも参考文献の収集が下手で、でたらめに言葉を並べたような代物しか書けませんでした。哲学、SF、純文学、アメコミ、映画などの各分野に関して、ど

d.hatena.ne.jp/HowardHoax/20120322

『キリング・ジョーク』精読(1) - The Red Diptych d.hatena.ne.jp/HowardHoax

 このブログは、私が何かを書きたいときに、書きたいことを、書きたいぶんだけ書いてアップすることにしている。「いついつまでには更新しなければならない」ということは全く考えていないので、長文になる場合は結構推敲もしている。 そんな書き方をしているので、このエントリやこのエントリなんかについては、自分としてもかなり納得のいくまで作品を読み込むことができたと考えている。しかしそれでも、それぞれの作品が持つ多様な細部はすっ飛ばし、中心的な主題の周囲だけを大雑把に要約してしまっていることは否めない。 本当に、作品のあ

d.hatena.ne.jp/HowardHoax/20100512

國分功一郎『暇と退屈の倫理学』、「ひとりで考える」こと - The Red Diptych d.hatena.ne.jp/HowardHoax

 國分功一郎『暇と退屈の倫理学』を読んだ。これは非常に面白く内容の詰まった書物で、充実した読書体験だったことには疑いがない。 これは褒めすぎかもしれないけれど、國分功一郎という人の哲学のもたらす影響は、ハイデガーのそれに近いものがあるのかもしれない、と思った。と言うのも、例えばフランスの若き実存主義者たちが初めてハイデガーの哲学に接した時の熱狂は、まさにこのようなものだったのではないか、と思えたからだ。 伝統的な意味での哲学を学ぶのは、恐ろしく面倒である。専門的に研究しようとすれば、英独仏はもちろん、ギリ

d.hatena.ne.jp/HowardHoax/20111216

教育

再説・なぜクリストファー・ノーラン『ダークナイト』はダメなのか - The Red Diptych d.hatena.ne.jp/HowardHoax

 以前書いたこのエントリにからむことで、久々にブログを更新してみる。 http://d.hatena.ne.jp/HowardHoax/20090817 このエントリを書いてからしばらくした後、ノーランの『ダークナイト』を一度DVDで見直したことがある。さすがにあそこまで批判したのだからきちんともう一度チェックしなければいかんかな、と感じたのだ。というわけで、最初の劇場公開以来、都合3回この映画を通して見たことになる(部分部分のシーンのチェックはもう少し細かくしています、念のため)。その上で言うの

d.hatena.ne.jp/HowardHoax/20110803

東浩紀『クォンタム・ファミリーズ』は「よくできた宿題」か? - The Red Diptych d.hatena.ne.jp/HowardHoax

 東浩紀の小説『クォンタム・ファミリーズ』を読んだ。正直なところ、私自身は、たぶん東浩紀という人が最も嫌うタイプの読者だ。東が主に『批評空間』の界隈で活動していた頃、そのデリダ論を読んで興味を持ち、最初の三冊くらいの著作は面白く読んでいたのだが、『動物化するポストモダン』あたりから、この人の論じることに興味を失っていった。 例えば、『動物化するポストモダン』で論じられている議論は、あまりにも単純なように思えた。「データベース」とか言われてもねえ、そんなの文学の領域では、それこそセルバンテスの『ドン・キホー

d.hatena.ne.jp/HowardHoax/20100314

無限の映画の探求――ドン・デリーロ『ポイント・オメガ』 - The Red Diptych d.hatena.ne.jp/HowardHoax

無限の映画の探求――ドン・デリーロ『ポイント・オメガ』 人は、いかにして映画を観ることをやめるのか。……奇妙ではあるが、ささやかな問いである。そして、ドン・デリーロの新作『ポイント・オメガ』は、まさにこの問いに対する答えが与えられるまでを描いた小説であると言える。だから、自分の観ている映画や読んでいる小説が永久に終わらなければいいと思ったことがある、そんな感覚に覚えのある人ならば、この小説に惹きつけられることは間違いない。 『ポイント・オメガ』は、暗い部屋の中で映画を観続ける男の描写から始まる。男が観てい

d.hatena.ne.jp/HowardHoax/20110423/p1

The Red Diptych d.hatena.ne.jp/HowardHoax

 なぜ、批評は必要なのだろうか。 おそらく、日本国内の環境では、このように問うこと自体が、半ば挑発的な意味を持ってしまうだろう。そもそも、批評などというものは悪口や揚げ足取りと同義であり、悪い意味しかないと考えている人が多いのだから。 しかし、小説でも映画でも演劇でも美術でも音楽でもマンガでもなんでも、何らかの文化的・芸術的なジャンルにおいては、作品の価値判断や分析・検討において、批評は必要不可欠なはずである。批評がなければ、それぞれの受け入れ手が気に入ったか・気に入らないかの主観的な気分しか残らないこと

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批評の必要性について - The Red Diptych d.hatena.ne.jp/HowardHoax

 なぜ、批評は必要なのだろうか。 おそらく、日本国内の環境では、このように問うこと自体が、半ば挑発的な意味を持ってしまうだろう。そもそも、批評などというものは悪口や揚げ足取りと同義であり、悪い意味しかないと考えている人が多いのだから。 しかし、小説でも映画でも演劇でも美術でも音楽でもマンガでもなんでも、何らかの文化的・芸術的なジャンルにおいては、作品の価値判断や分析・検討において、批評は必要不可欠なはずである。批評がなければ、それぞれの受け入れ手が気に入ったか・気に入らないかの主観的な気分しか残らないこと

d.hatena.ne.jp/HowardHoax/20111006

教育

ダーレン・アロノフスキー『レスラー』と、映像の「正しさ」について - The Red Diptych d.hatena.ne.jp/HowardHoax

 ダーレン・アロノフスキーの『レスラー』を、今更ながらDVDで見た。公開当時に私がこの映画を見なかったのには一つの理由があった。そして私は、そのまま現在に至るまでこの映画を避け続けてきたのだった。 『レスラー』が日本で公開された当時、現実のプロレス業界において、三沢光晴がリング上で死亡するという事件が起きた。 その事件自体による私のショックも大きかった。だがそれに拍車をかけたのが、事件に対する日本の世間一般の遇し方だった。事件が大々的に報道された結果として、三沢についてもプロレスについても何の思い入れもな

d.hatena.ne.jp/HowardHoax/20110906

芸能・エンタメ

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