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1466夜『美しく愛しき日本』岡野弘彦|松岡正剛の千夜千冊 1000ya.isis.ne.jp
今夜はあえて岡野さんと綴らせてもらうけれど、岡野弘彦さんはぼくにとって「母なる父」あるいは「母なる父なる人」である。この言い方にぼくの万感が吸い寄せられている。 もっとも、こんな奇妙な言い方は世の中にはまったく通用しないだろうからちょっと説明がいる。「母なる」には「母国の」「母国語の」という想いがこもる。「お母さん」とか「生みの母」というわけではない。加えて、古代このかたの「歌の母性」をもっていらっしゃるといった意味が響く。岡野さんの母的なるものは、ひたすら歌に染み出す母性なのである。明恵上人が憧れた「
1349夜『社会システム理論(上・下)』ニクラス・ルーマン|松岡正剛の千夜千冊 1000ya.isis.ne.jp
Q 前夜に続いてニクラス・ルーマンですね。『社会システム理論』って上下2巻の分厚いものですよね。A うん、やたらに分厚いね。でも最初はこれではなくて、ルーマンが1991年から翌年にかけてビーレフェルト大学で講義した『システム理論入門』(新泉社)のほうをテキストにしようかなと思っていた。これはディルク・ベッカーがまとめたもので、よくできている。ルーマン最晩年の成果だから、電子メディアについての新しい知見が加わっているところとか、学生にわかりやすく説こうとしてついつい本音を洩しているところとか、ちょっと見逃せ
1429夜『羅什』横超慧日・諏訪義純|松岡正剛の千夜千冊 1000ya.isis.ne.jp
【ノート01】かつてぼくは横超慧日・諏訪義純の共著による大蔵出版の『羅什』という本を読んだことがある。80年代の前半のこと、10年続いた工作舎を離れて4、5人で松岡正剛事務所を自立させたころだ。 ナーガルジュナ、ヴァスバンドゥ、クマーラジーヴァの3人が気になっていた時期だった。ナーガルジュナ(竜樹)は中論を知りたかったからだが、ヴァスバンドゥ(世親)とクマーラジーヴァ(鳩摩羅什)については、二人が小乗から大乗に転向あるいは転換した理由や経緯、それとともに周辺の状況が知りたかった。 ブッダの教えは第二結
1444夜『神仙幻想』土屋昌明|松岡正剛の千夜千冊 1000ya.isis.ne.jp
天平勝宝4年(752)、わが遣唐使たちは玄宗皇帝に鑑真和上の日本招聘を願い出た。玄宗は道士も同行するなら認めようと言う。ところが、遣唐使たちは和上の日本招聘を取り下げてでも、道士の来日を拒んだのだ。そのため和上一行は密航者として日本にこっそり渡ることになり、井上靖(156夜)の『天平の甍』で有名な艱難辛苦を背負うことになる。 この話、鑑真和上と南都の交流や戒律の導入による日本仏教の質的変換を語るうえでも欠かせないが、日本と道教の関係を考えるにあたってすこぶる重要である。奈良時代の日本は国内に道教が流入し
1464夜『つなみ』文藝春秋8月臨時増刊号|松岡正剛の千夜千冊 1000ya.isis.ne.jp
この本は被災3県の子供たちに、主に森健(1162夜)が作文と絵を依頼して収集したもので構成されている。森については以前、『グーグル・アマゾン化する社会』をとりあげた。雑誌や週刊誌で若い世代の動向についてのレポートや批評を書きつづけているジャーナリストで、3・11以降は被災地の子供たちの取材を徹底していた。 森は岩手と宮城のいくつもの避難所をまわり、小学生から高校生たちおよび保護者に声をかけ、そこで賛同者に原稿用紙を配り、自由な感想文を依頼した。「子供にいやな記憶を思い出させたくない」という保護者もいたよ
0089夜『藝術的抵抗と挫折』吉本隆明|松岡正剛の千夜千冊 1000ya.isis.ne.jp
芸術に抵抗があって挫折もあるだなんて当たり前のことだが、その体験の苦渋を当人から血液検査の血のように採取して、これを遠心分離器にでもかけようというのは、おまけにそれで症状診断をしてみせるというのは、今日のぼくからするとよほどの文芸的にすぎる医療行為なのである。 この本は、大学に入って最初に買った記念すべき一冊だった。ぼくは大学に入ってすぐに三つのサークルに入っている。「丹生{にゅう}の研究」の松田寿男さんのアジア学会、その後は鍼灸師や翻訳家やオルタナティブ社会のリーダーになっているが、当時は有能な演出家
1463夜『ハイチ震災日記』ダニー・ラフェリエール|松岡正剛の千夜千冊 1000ya.isis.ne.jp
今日は4月13日だ。 約60年前の1953年の4月13日に、ダニー・ラフェリエールがハイチの首都ポルトープランスに生まれた。ハイチに生まれたが、青年期からはカナダのモントリオールにずっと住んで、『帰還の謎』でメディシス賞をとった。「帰還」とはハイチへの帰還のことだ。 この作家は日本というより日本人にひどく関心をもっている。『吾輩は日本作家である』という作品があるように、とくに芭蕉(991夜)、蕪村(850夜)、一茶(767夜)、子規(499夜)、谷崎(80夜)、三島(1022夜)にぞっこんなのである。
1402夜『ヨーロッパ覇権以前(上・下)』ジャネット・L・アブー=ルゴド|松岡正剛の千夜千冊 1000ya.isis.ne.jp
この数週間で、チュニジアのジャスミン革命を筆頭に、エジプト、リビア、イエーメン、バーレーンなどのアラブ中東イスラーム社会が、次々に火を噴きはじめました。執拗で強引で小心だった大統領フスニー・ムバラクも、僅か数週間の民衆暴動の波及によって、ついに退陣を余儀なくされましたね。 フェイスブックのせいだなどと言っているのは日本のジャーナリズムと電子オタクだけで、そこには21世紀に入ってますます怪獣リヴァイアサン化しつつあるグローバリズムのなかで、アラブ・イスラーム社会に沈殿してきた世界史的なマグマがゆっくり噴
1459夜『河北新報のいちばん長い日』河北新報社|松岡正剛の千夜千冊 1000ya.isis.ne.jp
◆吉村昭『三陸海岸大津波』(1970 中公新書・ 1984 中公文庫・2004 文春文庫) ぼくが、こんなときに「連環篇」ばかり書いていられないと思って、「番外録」を書き始めたのは3月16日だった。しかし、何をどう書くか。むろん3・11の本などあるわけがないから、何軒もの書店をまわり、とりあえず尾花和夫の『活動期に入った地震列島』(1405夜)を選んで、ぼく自身の3・11当日のことを振り返り、「これはソリトンの悪魔のせいなのか」「いったいこの現況下、当事者とは何なのか」などと綴りながら、必死にこのとんでも
1457夜『脱原子力社会へ』長谷川公一|松岡正剛の千夜千冊 1000ya.isis.ne.jp
◆加藤尚武『災害論:安全性工学への疑問』(2011・11 世界思想社) 災害をめぐる哲学は、セネカの『自然研究』第6巻「地震について」を嚆矢に、1755年のリスボン地震をめぐるカントの『地震原因論』『地震の歴史と博物誌』『地震再考』3部作やヴォルテール(251夜)の『カンディード』をへて、20世紀のカミュ(509夜)の『ペスト』やデュ・モーリア(265夜)やハイデガー(916夜)にまで及ぶ。 ずっと以前から地震も津波も機械事故も、大火事も伝染病も危険動物も、それなりに哲学されてきたわけだ。ぼくはかつて抗生
1430夜『仏教の東伝と受容』沖本克巳・菅野博史 他|松岡正剛の千夜千冊 1000ya.isis.ne.jp
本書は「新アジア仏教史」という全15巻シリーズの一冊だが、このシリーズはごく最近に完結したばかりである。この刊行完結をぼくはいささかの感慨をもって迎えた。 というのも、本シリーズ名に「新」がついているように、これはもともとは「アジア仏教史」全20巻を1972年に同じ佼成出版社が刊行していて、ぼくはその各巻各章を頼りに、アジア仏教のあれこれをずっと啄んできたからだ。やはり「インド篇」「中国篇」「日本篇」などと構成されていた。佼成出版社というのは立正佼成会の出版部門のことをいう。 わが仏教史学習時代として
1337夜『市場・知識・自由』フリードリヒ・ハイエク|松岡正剛の千夜千冊 1000ya.isis.ne.jp
ハイエクのような思想家を扱うのはちょっとめんどうくさい。日本中にうじゃうじゃいるエコノミック・ビジネスマンにはハイエクからやりなおしなさいと言いたいし、ハイエクを保守思想のバイブルにしたがる連中には、ハイエクのロジックは社会主義や全体主義や大政府主義に対してしか雄弁になりえないから、むしろハイエクが対立したケインズからやりなおしなさいと言いたくなる。 一方、個人主義を標榜する連中には、たしかにハイエクの個人主義は今日の個人感覚の根底を提起したけれど、それはいまや「自由市場の中のネオリベ個人主義」になり
1335夜『偶然性と運命』木田元|松岡正剛の千夜千冊 1000ya.isis.ne.jp
最近でこそ「たまたま」は、数学的な確率論や社会経済的なリスク論の舞台のなかの主人公のふりをしているし、そのふるまいもあたかもコントロールされているかのように見えているが、その正体が何かといえば、あいかわらずとんとわからない。 もともと「たまたま」は得体の知れないものだった。虫の知らせや気配のようでもあり、出会いや遭遇や奇瑞のようでもあった。それは「無常」や「はかなさ」や「生と死の宿命」とともに人の住む界隈に頻繁に出入りし、またしばしばたゆたっていた。これらはまとめていえば「偶然」もしくは「運命」というも
1368夜『図説 お金の歴史全書』ジョナサン・ウィリアムズ|松岡正剛の千夜千冊 1000ya.isis.ne.jp
ぼくは長らくお金に見放されてきたのかと思ってきた。もっともそんなことは、ついぞ金銭に敬意を払わず、ついぞ会計の努力もしなかったのだから当然で、自業自得なのである。 工作舎にも迷惑をかけたし、編集工学研究所にも苦労をかけた。いまでも経済には極端に疎いし、儲け仕事からもおおむね爪弾きにあっている。だいたいお金を「マネー」などと片仮名で綴るのが落ち着かない。 しかしそれでも、通貨や貨幣については歴史的な関心があるのだから、困る。言語の謎についての関心とほぼ同等の関心をもってきたのだ。いずれ説明するけれど、
